一日を終えたとき、「今日はよかった」と静かに思える日が、たまにあります。
昨日は、まさにそんな一日でした。
やるべきことが片付き、子どもと過ごす時間にも余白があり、気持ちに引っかかりが残らなかった。
何か特別なことをしたわけではありません。
ただ一つ、行動する前に「今は何の時間か」を決めていただけでした。
行動の前に、時間に名前をつけてみた
前日に「一日予定表」というアプリをダウンロードしました。
1日の時間の大まかな時間の使い方を円グラフで知りたいから
試しに使ってみよう、という軽い気持ちだったと思います。
このアプリは、何かを始める前に「今は何の時間か」を選んで記録することができます。
育児、家事、勉強、休憩。
どれか一つを決めてから、私は行動することにしました。
例えば、「今は育児と家事の時間」と決めたら、
フラッシュカードを出して次女と向き合い、絵本を読み、一緒に遊び、
そのまま散歩に出かけました。
その間、「勉強がまだ」「他のこともしなきゃ」という思考がほとんど浮かびませんでした。
今はこの時間、と決めていたことで、他の役割を一度降ろせていたのだと思います。
具体的な行動が、集中を生んでいた
普段の「ゆっくりした日」は、振り返ると何をしていたのか曖昧なことがあります。
一方で昨日は、やっていることがはっきりしていました。
- フラッシュカードをする
- 絵本を読む
- 一緒に遊ぶ
- 散歩に行く
どれも特別なことではありませんが、「今は育児の時間」と決めていたことで、一つ一つに集中できていました。
次女の表情や反応も、流さずに見ていたと思います。
この時間を楽しんでいい、そう自分に許可が出ていた感覚がありました。
時間を整えようとしていたつもりはありませんが、
結果的に時間が整い、行動が整い、気持ちがあとからついてきた一日でした。
長女との関わりから見えたこと
長女が帰宅してからは、宿題をする長女の横に座っていると、自分から話しかけてきたり、わからないところを素直に聞いてきたり、国語で学んだ内容をその場で披露してくれたりします。
何か教え込んだわけではありません。
ただ、そばにいただけです。それでも長女は嬉しそうでした。
一方で、学校の出来事を十分に聞けなかった場面もありました。
公文の内容を一緒に見ている時間や、食事中に大人同士の会話に意識が向いていたときです。
だからこれからは、食事の時間、車の中、歩いているときは「今日はどうだった?」と聞く時間、とあらかじめ決めてみようと思います。
関わりの質も、気持ちではなく、時間の使い方で整えられる気がしています。
可視化が、続けたい気持ちを支えてくれた
アプリを続けられた理由は、記録が円グラフで可視化されたことでした。
- 思っていたより育児と家事の時間は短い
- 睡眠時間は意外と取れている
- 自分が何に時間を使っているかが一目でわかる
「ずっと子どもの面倒を見ているつもり」「時間がないと思っていた」そうした感覚が、数字で整理されていきました。
トップ画面にアプリを置いて、できる日だけ続けてみようと思っています。
まとめ
もし、忙しさの中で気持ちが散りやすいと感じたら、まずはこれだけでいいと思います。
- 今は何の時間かを一つ決める
- 15分だけでも区切ってみる
時間を測らなくても、「今からはこれ」と決めるだけで、向き合える時間は確実に変わります。
整えようとしなくても、整っていく感覚。
そんな一日でした。